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現実のありように対してパッシブに言説を変えていくとも言えるな。逆にいうと現実に対してアクティブなアクションは起こせない。

虚無的な関係なので現実には何も起こすことがなく、ただ騙される人が増えることで社会に存在感だけを増していくことは可能だけれども。

プロ嘘つきはウソの内容が少しずつ変わる。つまり、騙す人ー騙される人の関係性のみが維持され、言葉の内容は変化していく。信じさせたい人ー信じたい人の関係というべきだな。

嘘でも100回繰り返すと本当になるとはよくいうけれども、嘘でも100回くりかえす根性のあるやつはまだ誠実だと思う今日この頃。

しかし残された時間はなるべく好きなことをして過ごしたいものだね。

もはや死に至る旅路の途中である気はしている。

正直、特に夢も希望もないので、もし眠るように死ねるのならば、それを選ばない理由は特にない。ただ、まだ生きる面倒くささが死ぬ面倒くささを超えないだけだ。

普遍的倫理を主張するような立場の人であればなおのことだ。

自分の子供を尊く思うことは、射精したいと思う性欲とか、腹一杯食べたい食欲といったジーンの乗り物としての利己主義の延長でしかないというか。もちろんそれらは悪いものではないし、一人の人生の道程のうちでしみじみと味わっていくべきものだけれども、殊更に他の人の世の有象無象と比べて賛美されるべきものでもない。

自分の子供を特別かわいいと思ってしまうのは、まあ大抵の人にとっては自然な感情の発露なのだろうけども、自分の子供を特別視することを俯瞰しない言動にはエゴイズムというか、器の小ささののようなものを感じる。

バカは死ね、とオブラートに包んで言う選手権開催してる。

こんな連中のなかにあって、人間について考え、言葉を発することにいかほどの意味があるのか。虚しい。

所属することから離れらないだけの臆病を信念と取りちがえるバカ、己のルサンチマンを肯定するための攻撃を正義ある理性と取りちがえるバカ、両者の立場を相対化しつつ軌道なく争いを収めることに意味があると思うバカ、絶対の不存在を盾に我の不愉快を排除することに正義があると信じるバカ。

新海誠も細田守も、女性を人間として描くのが下手すぎないか?

Emergency tower clearly contributes happiness of people. Therefore, it’s not good to compare it to army. But mental mechanisms which works in political decision makings are maybe same especially in cases on enormous decision with huge budget.

Now I think that politicians in pre-war era might be similar with him. They should have been explained about arms, battles and wars and demanded budget for them by officers. And they should have promised support in order for “the national benefit” without reality. That must be same until the defeat.

For me, my boss seemed satisfied as he could perform well for his position, a local senator, to the officers and the governor behind them. Of course he had learned and had understood significance of the tower. But, that huge equipment in front of us had less meaning or value on his own life than performance as a politician.

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