「絶対的正しさなんてないから、考え方を改めて幸せになろう」一派に感じる欺瞞というのは、「正しさなんてない」という一段メタな「正しさ」を自分は他人にインストールしようとし、その他すべての「正しさ」を暗示的に誤りとして片付けようとする点だろう。

彼らはもちろんもろもろの価値観や思想を「誤りだ」とは言わない。「それはそれで大切なものだから大事にしなさい」とまでいう。そして加えて、「でもそれは絶対的なものではないし、みんなが幸せになるためにもっと高次元の考え方がある」という。

思考的にはともかく、実存的には人間はそういう価値観の二重基準を持ちながら生きることはできない。「絶対的なものではない」ともし納得できるのだとしたら、その時点でそれまで持っていた価値観は死んでいる。そして「高次」の価値観へと移行する。

ふわふわ系相対主義者たちがその次に植え込もうとするのが、人はそれぞれ自由に生きようとしているのだから~式のルソー式リベラリズムであるが、それとて「みんな幸せに生きよう」という一つの道徳、正しさ、信仰にすぎない。

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それを自覚的にやるなら私は決して悪いものではないと思うけれども、「僕たちは宗教じゃないよ、哲学だよ」といいながらやっていることは宗教と何ら変わらないその欺瞞性に憤りを覚える。

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端的に言って、人間に対して不誠実。

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