『人間の条件』において、近代合理主義社会における人間性の阻害をなぜアレントが熱心に批判するのか、その理由をずっと図りかねていたが、最終章になってこの著作が全体主義への抵抗として提出されたものであることが分かるようになっていた。

『人間の条件』は『全体主義の機嫌』なんかと地続きだったんだね。

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近代化の過程において、そこに自明にあるものとしての「世界」や、人間の感性の確かさが疑われるようになった結果、残ったのは人間の生命としての生存本能、リビドーへの信頼だけだった。

その結果、世界と私の関係性についての真実に対する洞察、「観照」が意味を失ったので、近代社会はキリスト教社会に引き続き「生命」を最大価値、最大善として自身を駆動させることになった。

そこでは、ヒトという種、社会全体の永続性に、「生命の永遠性」が仮託され、個々人の生命すらも「永遠の生命」に資するかどうかで価値を測られることになる。

勢い、個々人の生活上においても、生命伸長、社会の膨張に役立つ工作に寄与すること(≒労働)が最も価値的であるとされ、また世界の真実を追求するモチベーションを失った人類にとって、それら自然の力を応用した複雑な仕組みの裏側にはもう「神秘性」は見出されない。文学よりも数学が、数学よりも工学が偉い時代がやってきた。

かくして、人はただ一人の人間としてそこに存在することの価値、神秘性をはく奪され、近代社会は人間疎外の全体主義社会となった。

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こういうことを言いたいのだと理解している。

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「アルキメデスの点」って面白いな。アレントによれば、アルキメデスが十分な長さの棒と視点があれば、地球だって動かせる、と述べたときに、この世界から神秘性が剝奪された。

つまり、この宇宙のいかなる点においても、同一の自然法則が適用される事が分かった時に、人類は私と世界の個別的関係性への洞察を通して世界を論じる必要がなくなった。

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個別性には意味がなく、人間もまた等しく同一の法則が適用される自然存在にすぎず、「私」の暴露にももはや価値がない。私は宇宙的法則の下で限りなく希釈される。

私が死んでも代わりはいるもの、になっちゃうと。

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