いわゆる「宗教二世」が、新興宗教を抜けてやりたかったことに神社参拝やおみくじ、占いが挙げられがちなのは、この国の病巣が反映されてると言って良い。

そういう人たちは、もし自分がやらされていた宗教が、この国でマジョリティーであったならば、ほとんど悩まなかった、あるいは悩みの大部分は解消されていたのではなかろうかと観念される。

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要は、この国はマイノリティが胸を張って生きられない社会を形成しており、人と違う文化を持つことが現実的に許されない。そのことが宗教二世の生きづらさの少なくない割合を担っている。

少なくとも、子供への虐待行為や、行き過ぎた搾取の問題と、そうした生きづらさの問題は分離して考えられなくてはならない。さもなくば、カルト宗教を攻撃するつもりで、この国のマジョリティに阿り、マイノリティを排斥するだけになってしまう。

ただ私は同時に、エホバや統一、創価学会などの反社会性を否定するものではないし、それらは消滅して然るべきものだと考えてはいる。けども、それらが社会と価値観を共有しないがゆえに、制度的に排除されることはそれらのカルト宗教よりも恐ろしい。

「反社会性」とは、社会という漠然とした全体に従わないことをいうのではなく、具体的な個人の自由と人権を守るためのものであるところの公共の福祉を顧みないことをいう。

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