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帰る場所もない。足を定めることができない。何が私という存在の基準なのかわからないから、何を喋っても何をしても虚しい。

心が安らぐ時間が一時もない。ここらが安らぐ場所もない。人もいない。

昼に蒙古タンメンくったらけつが痛い

今後私は、「創価学会員であった私」を、できる限り忘れて生きていこうと思う。決して黒歴史としてなかったことにするわけではないが、そこに自分の人生のなにがしかを立てかけることはもうしない。ときどきはここに戻ってくるかもしれないが、少しずつ離れていく。そういう人生を歩んでいきたい。

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私が人生を仮託しようと思った「創価学会」という物語は、救いがたく浅薄で幼稚で、まっとうな理性の批判に耐えうるような骨子のあるものではなかった。それは、創価学会が100年かけて生み出した人間たちをみれば明らかだ。そして、そこに「真実」を見出していた私も、また浅薄で幼稚だったのだ。それを認められなくて、私は一生懸命「創価学会をやめた私」を語り続けていたのだ。

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私は、正木伸城を「発見」するに至って、創価学会をやめた自分を語ることがとことん嫌になってしまった。今ここに書いているのは、最後に自分自身の気持ちをまとめておきたいと思ったからだし、もうこれで最後にしたいと願っている。

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それがどれだけ「ダサく」、創価学会が喧伝するところの「日蓮の道」や「池田の精神性」から外れているかは、ちょっと考えればわかることであって、創価学会の教義を振り回しながらそんなことすらわからない正木伸城も阿呆だし、創価学会の宗教エリートというか、創価学会という組織が実際はどういうものであるのかを、端的に語って余りある。

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正木伸城が創価学会の世界の中でやりたかったことが、人間と世界の救済でないことは明らかだと思う。たとえ本人はそう信じていたとしても、それは、自身が成り上がるための正当化にすぎないと私は確信する。そもそも真に賢い人間であるならば、創価学会信者の金で生まれ、育ちながら、自分自身も創価学会職員になるような、そんな道は絶対に選ばない。

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その父が育てた結果が、創価の世界の裏も表も見ながら育った結果が、あの、浅薄さであるのか。ただただ自分が大好きで、成果を誇れなかったことがコンプレックスで、ビジネスインフルエンサーに近づくことで信濃町で成しえなかった成り上がりを目指すような、浅薄さなのか。こんな浅薄さは、真に苦悩した人間からは絶対に生まれない。

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正木伸城の父、正木理事長といえば、創価学会の重鎮中の重鎮で、最も創価学会の精神性を体現するべき立場にいる一人といってよい。そして伸城本人も学園、大学を出て、信濃町に就職する、という、創価の世界どっぷりに生まれ、育った人間だ。

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正木にとってその谷が千尋の深さに見えるのは、彼が愚鈍であるからだ。そして、正木には愚者らしい素直さもない。端的に言って救いようがない。

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どう語ればいいのか…。人の苦悩を安易にジャッジしてはならないのだけども、そして彼の苦悩は彼にとってはきっと千尋の谷の底であったのだろうけども、私は正木が語る苦しみに寄り添うことはできない。

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私にとって創価学会とその界隈の浅薄さをもっとも印象付けたのは正木伸城だ。

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池田大作は、何を考えているのかわからない。一方で宗教人として良識たろうとし、一方で俗人としてただただ自分のわがままを通そうとした人のように思う。池田のメッセージや著作がほとんど代作であることは明らかだが、その方向性に池田の意向が全く反映されていないとは考えられない。同時に、人を振り回すことに罪悪感を覚えないタイプの人であろうから、原田や秋谷が池田の影響力をそごうと努力したのであれば、理解はできる。できるが、彼らは池田以上に小物であることは間違いなかろう。

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どれだけ組織でつらい思いをしても、理不尽な目にあっても、世界の幸福の総量を増やすためであればこそ、創価学会という組織体を肯定してきた。世界の幸福を願って、この組織は運動を続けていると信じていた。それを裏切られたと思ったのが、私にとっての転機だった。

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信濃町はただ自分たちの権勢を大きくしたいだけであるし、会員たちはただ自分たちの卑近な幸福を願っているだけにすぎない。この二者は、実に醜い永久機関を構成し、たがいに依存しあっているが、社会や世界の幸福の総量を増やすことには興味がない。

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私は、創価学会という組織も、その指導層も、会員もどこを探しても「この世界を救おう」と本当に考えている人間はどこにもいないのだと、その事実を突きつけられたことが一番悲しかった。

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私は今でも、自分自身の現状を顧みずに、世界を救う人になりたいと願っているところがある。こういう、幼少期から積み上げられた世界観というのはなかなか崩れないものだ。そう願っているのに、自分が全くそういう人間でないことが、私の40年の苦悩であった。

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釈迦や日蓮の願いは、手段はどうであれこの世に生きる人間を幸福にすることであると信じていたし、人間を幸福にするためには、手段が適当であってはいけないと、そういう順序の話だと思っていた。

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